フランス映画「ちいさな哲学者たち」

マシュー・リップマンというコロンビア大学教授が1960年代に、”こどものための哲学”という研究を発表したそうです。その研究は、子どもがもともと持っている”考える力”が、話し合うことで高められ、認知力や学習力、さらには生きるための知恵の獲得へとつながっていくことをしめしていたということです。

フランスではその考えのもとに、2007年、画期的な試みがなされました。パリ近郊のZEP(教育優先地区)*1にある幼稚園で哲学の授業がもうけられたのです。園児は、3歳からの2年間の幼稚園生活の中で、月数回の哲学の授業を受けました。映画「ちいさな哲学者たち」は、幼稚園でおこなわれた哲学の授業と先生、園児や保護者の日常などに取材したドキュメンタリーです。

映画の中で子どもたちは驚くべき姿を披露します。「愛とは?」「自由とは?」「死とは?」といった難しいテーマについて、活発に意見を交し合うのです。子どもたちは自分の考えを話し、他の子どもの意見を聞き、お互いに相手を認め合いながら、自分自身で考えていくことを学んでいきます。

授業を受け持った女性教師のパスカリーヌ先生は、試行錯誤を重ねながら、信念をもって哲学の授業を続け、やがて子どもの親たちからも協力してもらえるようになります。パスカリーヌ先生によって考えることを学び、可能性を引き出された子どもたち、さらにはその親たちまで、哲学の授業をとおして、皆が成長していく様子に人間の可能性を感じます。パスカリーヌ先生は現代のソクラテス、その授業はソクラテスの産婆術*2と言えるかもしれません。

哲学というと、何か難解で恐ろしいものを想像されるかもしれません。ですが、哲学のやり方は、何かについて考えて、話し合って、答えを出すというシンプルなものです。毎日の生活の中でも、私たちは同じように問題解決をしています。本来の哲学は、けっして難しいものではないのです。(参考「ちいさな哲学者たち」公式ホームページ)

*1 ZEP
教育優先地区のこと。小学校・中学校・高等学校において、教育の成果が上りにくい地域に設定されている。この地域の2歳から16歳までの生徒を援助するさまざまな対策がとられている。たとえば、学校での1クラスの人数を25名以下にすること、各学校と教師に追加の資金援助をすること、芸術文化に関するプログラムを充実させることなどがある。(参考「ちいさな哲学者たち」公式ホームページ)
*2 ソクラテスの産婆術
本ソクラテスの産婆術とは、プラトン著『テアイテトス』に出て来るエピソードの一つ。『テアイテトス』の中でソクラテスは、「何か産み出したいもの(=漠然とした考え)」をおなかの中に持っている人がいたら、対話の相手になって、その人がそれを知恵として産み出すことができるように手助けをすると言っている。このことは、対話をくりかえすことによって、人間の思考がどんどん深まり、鍛えられ、より良い意見となって出て来るということをあらわしている。プラトンは、ソクラテスと若きテアイテトスとの間でなされたとする対話の中で、対話自体の重要な役割について語っているのである。